とにかく明るい安村はなぜピン芸人に?アームストロング解散の理由!

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とにかく明るい安村_コンビ解散の理由

出典元:http://goo.gl/jAALFu

最近何かとテレビで見る機会が多い、とにかく明るい安村さん。
実は元々はコンビで芸をしており、解散したのが2014年5月と、割と最近の話だ。ピンになってから順調に仕事を獲得し、芸人として成功してた例は最近よくある。一番に名前をあげるとすれば有吉弘行さんではなかろうか。彼も今でこそ毎日のようにテレビに出ているが、ピンとして開花するまでには多くの時間と苦労があった。話はそれたが、とにかく明るい安村さんは先ほども説明したように、解散後1年足らずでこれだけ注目を集めているところは評価されるべきところであろう。本記事では、彼がピンになる前に組んでいたコンビ「アームストロング」がなぜ解散しなければいけなかったのか?についてや、元相方の現在などについても調査した。

コンビ解散をした本当の理由と背景

元々はアームストロングというコンビ名で活動してた、とにかく明るい安村さん。その期間なんと14年とのこと。やはり14年という時間に比例するほど芸人の世界は甘くないということでしょう。解散宣言をしたのは、とあるライブ会場だったそうです。

アームストロングは吉本興業所属でNSC6期生。ところがこの2人実は幼稚園の頃からの幼馴染なのだ。となると解散に至った理由が余計に知りたくなってしまう。が順を追って説明していくことにする。

NSC卒業後、「シベリアンハスキー」というコンビ名で活動していたが、同郷(北海道旭川市出身)のペナルティ・ワッキーが「アームストロング」と命名したことにより、以降その名前で活動していくことになった。

その後、アームストロングとして14年間活動したもののこれといって芽が出ず、年齢的にも30歳という節目を迎え、「このままではいけない」という危機感から解散を決心したのかもしれない。

実のところ、解散の真の理由というというのは明かされてはいないのだ。だが、流れとしては、安村さんはコンビでやっていくことに限界を感じ「ピンでやらせてくれ」ということを相方に話したという事実は明かされている。それに対して、相方の栗山さんはコンビでなければ芸人はやれないというお互いの考え方・進む方向性にズレが生じてきたことから解散に至ったのだろうというのが多くのメディアで推察されている解散の理由だ。ただ、不仲になり解散したのではなく、真剣に将来のことを考えた結果解散することになったのだとすればそれは喜ばしいことではなかろうか。

元相方の栗山直人さんの現在

栗山さんは「アームストロング」解散後、パチスロ関連の仕事をしているようである。実は、栗山さんはその昔、地元ではかなり有名な暴走族に所属していたとのこと。(初代 時雨)

その頃の気性は今でもわずかながら顕在しており、喧嘩まではいかずともそういった場面になった際はかなり男らしくなってしまうのだそうな。この時の状況を「栗山fight」と呼ばれているそうだ。

そう考えると、ペナルティ・ワッキーさんが「アームストロング」と名付けた理由もここにあるような気がしてならない。

とにかく明るい安村_コンビ解散_元相方_栗山直人

出典元:探偵あふろResearchClub

最後になるが、とにかく明るい安村さんは「例のあのネタ」でどこまで勢いをつけられるか楽しみである。パン一(パンツ一丁)でブレイクする芸人は今までもいたが、これまでの切り口とは一線を画すネタだけに世間からのウケも好調だし引き続き目が離せない芸人の一人である。まぁしかしながら、この先服を着て仕事する彼を誰よりも心待ちにしているのは間違いなく元相方の栗山さんであろう。

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